日常のできごと

亡き母と姉と亡き妹と

 「妹が亡くなりました」

姉と名乗る女性から電話が入る。女性は首都圏在住とのこと。 たしか妹さんは市内で一人暮らしをされていて、そのご自宅の積立長期火災保険を弊社に ご契約いただいていた。(お姉様がいらっしゃったんだ・・)  妹さんのお顔が目に浮かぶ。 たった一人の肉親であることを確認して、スタッフより「相続」のためにご準備いただく 書類等をリストアップ して郵送する旨のご案内をした。

数週間後「書類が準備できましたので、鶴亀さんにお伺いします」とのお電話をいただいた。 そのお約束の日時ピッタリにお姉様は現れた。「本来は、こちらから伺うべきなのですが」と 恐縮すると「いいえ、私もこちらでしか取れない公的書類もあったものですから丁度よかった のです」と仰って下さった。

私は「アッ」と思った。その姿、そのお声が十数年前に亡くなられたその姉妹のお母様に そっくりだったのである。(こんな事ってあるんだ!)「あのー、私、今不思議な感覚を味わって います。失礼ながらお母様と直接お話しさせて頂いているような、とても懐かしい感覚です」

「そういえばお母様は、最後まで妹様のことを案じておられましたよね」 ご主人を早くに亡くされて、女手一つ、病院の婦長さんを務められながら一生懸命に生きて おられたお姿が瞼に浮かぶ。

「本当に子ども思いの、やさしいお母様でしたねー」と申し上げたところ、急にお姉様の目から 大粒の涙がポロポロこぼれ始めた。私やスタッフもしばし貰い泣き。

ようやく落ち着かれたところで、「わたし、本当に久しぶりに泣くことが出来ました」「悲しいはずなのに泣けなかったんです」「でも、鶴亀さんにお伺いして人のやさしさというか、 母の思いがよみがえってきて・・・」そこから先はもう言葉にならなかった。

お姉様は、お母様の遺志を継ぎ、優しいご主人の深い理解と協力のもと妹さんを引き取られた。 一緒に暮らした日々は約1年。いくら入院を勧めても「お姉ちゃんといる」の一点張り。しかし、病状が進み止むなく入院。穏やかな最期だったという。「何もしてやれませんでしたが」 と仰るが、このご時世で、ましてや首都圏で妹を引き取り看病することの大変さは想像するに余りがある。

一区切りついてお茶を召し上がって頂いたのちに「では、もうそろそろ帰ります」

「あのー、若しよろしかったら駅までお送りさせていただきますよ」とスタッフが申し出たところ、

にっこり微笑まれ「私、ここから歩いて駅まで帰りたいんです」「母と妹のことを考えながら、自分の足で 歩いて行きたいんです」お姉様を全員でお見送りする。凛とした後ろ姿。全員が何とも言えない清々しい気持ちになっている。

私は思う。

この仕事には、数字や契約の多寡で割り切れない奥の深いものがある。お客様の人生を通して学ばせていただく宝がたくさんある。

「お姉ちゃん、ありがとう」

亡き母と亡き妹の声が聞こえたような気がする。

(やさしくて素敵なお姉様に幸あれ!)

武山 敏彦

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